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一見さんお断り。とても太い人脈で運営させて頂いております。青森の山を登りましょう。

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大雨の岩木山を終えて(キャプテン大反省スペシャル)

2013/09/18

まず、はじめに。

今回の投稿は長いですm(_ _)m

でもそれだけに私の想いが詰まっておりますので一読頂けると幸いです。

特に今回、岩木山を登った方々には結構深めに届いてくれるのではないかと思います。

(ハムジくんの影響を受けたので多少ドラマ仕立てでお送りします)

 

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9月15日(日)、朝7:00。岩木山神社前に私を含め18名の山岳部メンバーが集う。

今年最大のパーティー人数となった。

山岳部発足からたった数ヶ月でよくぞここまで人が来てくれるようになったものだ。

中には久々に会う仲間もいる。あいにくの天気ではあったが、私はとても嬉しかった。

 

下山者回収用の車を置きにいった、5km先の嶽温泉はとても激しい雷雨だった。

岩木山に「どうしますか?」と問われたなら、私個人は即座に「こんな日には登らない」と言う。

キャプテンとして17名に「どうしますか?」と問う。7名が「やる」と言う。

うち1名は装備に雨対策が全く施されていない。

正直、困惑した。

 

本来、ツアーを引っ張る者として「自己責任」という言葉は使いたくない言葉だ。

それは「キャプテンである私は、皆さんの安否に責任を持たない」ということを意味する。

つまりは「逃げ」の言葉である。

でもその言葉を言わなければ今回は「成立」しないと思った。

そして同時にこう思った。

 

(ちょっとヤマをナメていませんか?)

 

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ここで11年前の私の話。

当時24歳、山開きがされていない5月末の雪の富士山を単独登頂した。

(以下、当時の手記をもとに綴ります)

富士山の山開きは7月1日〜8月末の2ヶ月間。とても短い。

登山経験など無いに等しい私がそんなことを知る由もない。

とりあえず思うままにバックパックに荷物を詰め込んだ。

  • 2,000円の寝袋
  • 着替え2回分(フリース素材上下含む)
  • 水1.2リットル
  • ゴアテックスのウィンドブレーカー(上下)
  • フリースの帽子
  • バカチョンカメラ
  • カロリーメイト1箱・板チョコ1枚、メロンパン1個
  • ペンライト
  • 時計(CASIOのプロトレック)
  • その他小物(ティッシュ・筆記用具・携帯電話など)

装備衣類は綿100%のスウェットにチノパン、靴はアシックスのマラソンシューズ。

 

標高3,776m、雪を被った富士山に上記のような人間が向かった。

 

ガスに覆われた視界不良の5合目展望所に車を駐車し、登り始めたのが15:30。

車中泊続きの寝不足が祟ったのか、開始10分で足首を軽く捻挫。

6合目から徐々に雪に覆われ、足はズブ濡れに。

ここで単独行のおじさんとすれ違う。

頭からつま先までフル装備の人が、この雪により7合目で引き返して来たと言う。

 

私はそれを聞いてもなお登り続けた。

雲行きはさらに怪しくなり、雪も深くなっていく。

途中の山小屋は全てブ厚い木板で打ち付けられていて中に入る事ができない。

森林限界。風を凌げるような林や大木は皆無である。

休む場所がないのでひたすら岩と雪の上を進むしかない。

喉がカラカラになり水筒の水を飲む。数時間前までは温かった水がとても冷たくなっていた。

ほんの3分を歩き続けることができない。体が重い。空気が薄いというのを身をもって理解する。

一体何の意地なのか、それでも頂上に向かって歩いた酸素不足の体は、8合目で日没を迎える。

山小屋はもちろん使えないが、そのとなりの奇妙な建物だけは中に入る事ができた。

それは富士山の病院と言ってもいい、診療所というものだった。当時、もちろん無人。

奥の部屋には鍵がかかっていて入れない。

土間があった。ここで夜を過ごすほかなかった。

 

… 寒い。寝袋がしょぼすぎる。震えがくる。息が白い。左手首にしていたプロトレックは3℃を示していた。

下界からはるか遠くの岩と雪の富士山8合目、音の無い世界が襲う。幻聴が聴こえてくる。

どれもすべて初めての体験。

そしてこの初体験だらけの先にはきっと「死」という取り返しのつかない体験が待っているのだ。

 

(ああ、俺は馬鹿なことをしたな)

 

ただただ、涙が流れた。

涙を拭う気にもならない。どうせ死ぬのなら何をしてもムダだと感じる。

涙が温かいうちはまだ生きてるんだなと思った。

天井に吊るされている救助用の大きなソリが棺桶に見えてくる。

目を閉じると、ゆっくりとした走馬灯が始まった。まぶたの中であらゆる感謝と懺悔をした。

 

– – –

 

上記は24歳の私が、富士山で実際に体験したことのほんの一部です。

まぁ今、皆さんと山を登っている私がいますから、奇跡的に登頂して生還したわけです。

この後、実はちょっと背筋がブルッとくる、とてもスピリチュアルな体験をしたのですが、

続きはいつかどこかの山小屋で泊まったときにワイン片手にお話ししましょう。

話を戻します。

 

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(ちょっとヤマをナメていませんか?)

 

人間というものは、本を読んだり、人から話を聞くなどして学ぶ事ができる。

しかし実際に体験しなければ実感できないし、本当の意味で理解したことにならない。

私がいくら「自己責任だ」「装備が無いとマズい」と脅しても「登ります」と言う。

やはり、ヤマのことはヤマに教えてもらうしかない。24歳の私がそうだったように。

「地獄に落ちないように、地獄を見る」ということ。

葛藤はあったが、私は7名を雨の岩木山に連れて行く事を決め、登山を開始した。

 

– – –

 

順を追った登山詳細は後ほどFacebookのフォトアルバムからレポートすることにして…

結果、この登山は「キャプテン」として、私が多くの地獄を見る事になりました。

ここからは、登山開始から下山完了までの間、様々な局面で存在していたリスク、

そしてキャプテンとして至らなかった反省点をご報告し、今後に活かしていきたいと思います。

タイトルは明るめのトーンですが、詳細文は皆さんに危機感を持って頂けるようシビアな文体で書きます。

これはあくまで私の認識不足・判断ミスであり、参加メンバーへ向けたものではないということを強調しておきます。

 

 

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「キャプテンのくせにバックパックのレインカバーを豪快に忘れる」

 

登山決行が決まり、私はメインの大きなザックのレインカバーを探していた。時刻はすでに8:00。さっさと出発しなければいけない。結局、レインカバーは自宅に置き忘れ。下見登山用のサブのバックパックに切り替え、そのカバーを使用する。皆をケアするための補助アイテムの大半(ダウン系の保温衣類、傘、予備の低性能のレインスーツ上下、着替えなど)を車に残してしまうことになる。皆を待たせていたので、急いでパッキングして出発。これによりヘッドランプなどの照明器が3つも入ったスタッフバッグをここで入れ損ねている。このあたりをミスらなければ、雨装備が不十分だった1名にレインスーツを着せるなど保温対策ができたし、日没後の下山時にもヘッドランプを皆に貸し出すことができた。

 

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「男と女は違う生き物、パーティーの歩行速度に差があり過ぎた」

 

序盤からパーティーがどんどん伸びる。百沢スキー場手前ですでに100〜200メートルの伸び。疲れが出てくるとそれはさらに伸びる。このとき私は長時間の登頂行程というよりも、途中の山小屋で引き返して終了または8合目でバス下山だろうと予想していた。しかし、皆さんのタフネスと頂上欲が勝り全員が登頂。しかし、先頭集団の長時間の待機が雨による冷えを招き、さらには行程時間そのものが長くなってしまった。快調に進む先頭のメンバーには悪いが、速度を落とすよう指示を出すべきだった。

 

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「焼止ヒュッテでの休憩で、岩登りレクチャーをすべきだった」

 

焼止ヒュッテから先はこれまでの地形とはかなり異なる大沢の岩場を登る。あのヒュッテでの休憩はただの昼食時間にせず、岩場の登り方のレクチャーを行うべきだった。増水した大沢の岩場では事故があってもおかしくない。しっかりとした岩用のグローブならいいのだが、それ以外の手袋ではかえって滑ってしまう。濡れた軍手ほど滑るものはない。女性には酷ではあるが、素手が一番グリップが利く。岩の細かな凹凸も把握できて感触をしっかりと得る事ができる。

 

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「大沢では私がグイグイ先導するべき」

 

先述の通り、大沢の地形はこれまでの登山道と大きく異なる。私が先導すれば、安全はもとよりペースメーカーの役も果たし、隊列を組むことができたのだが、歩行が不安な最後尾メンバーのケアに回ってしまった。また、ここで急に強く降り出した雨により視界が狭くなったのだと思われるが、ルートとズレたところを登って行くメンバーを遠巻きから何度か見かけている。一本の沢なので迷う事はないが、ルートファインディングをしっかりとしないと行き止まりになって余計な体力を使ってしまったり、ケガをする可能性もある。私が先頭を行けば正しいルートを示してあげることができた。

 

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「鳳鳴ヒュッテ到着時刻がひとつのカギだった」

 

9合目にあたる鳳鳴ヒュッテに到着したのが14:30。メンバーの調べによると、8合目駐車場からの最終バスは15:45。すぐに下山すれば間に合うくらいの時間だった。メンバーに意志確認をすると「頂上を目指したい」と言う。私としてはすぐにバスで下山する事を勧めたかったのだが、その輝く表情を見たらなんとか頂上まで行かせてあげたいと思った。雨装備が無い1名の体調が懸念されたが、本人は問題ないと言うので温かいハーブティーで暖をとって出発。これによりバスでの下山という選択肢が消えた。

 

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「メンバーのナイス機転への甘え、スカイライン営業に対して無知だった」

 

無事に山頂の小屋に到着。ここでメンバーの機転から「8合目の駐車場までタクシーを呼ぶ」という、私が考えもしなかった方法が浮上し、タクシーを見事手配。これで私含め、一同大喜び。ピストン下山で再び鳳鳴ヒュッテまで戻ったときに残念な電話が入る。8合目まで続くスカイラインのゲートがすでに閉じられていて登って来れないとのこと。私の認識が甘かった。事前にスカイラインのWEBサイトをチェックしていたのだが、そこに書かれた「夕日鑑賞のため、営業時間を延長致します」という文字に安心しきっていた。しかし、実際にはその下に「最終入場時間は日没の1時間前」というのと「但し、天候によって中止の場合もございます」の文字。このときはまだ日没の90分前だったが、おそらく雨天ということと台風の接近もあり延長中止となったのだろう。これにより嶽ルートで自力下山という選択だけが残った。

 

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「8合目駐車場まで下山、雲海を見て浮かれる」

 

自力下山が決まり、気合いを入れ直して無人の8合目駐車場に到着するころには天気もすっかり回復し、気温も上昇。かなり過ごしやすい気候となった。その上、眼下には雲海が広がり、皆のテンションも上がり記念撮影タイム。このとき私の時間感覚が消えてしまった。この悪天候の岩木山をメンバーと共に登頂したことに酔いしれていたのかしれない。なんだか勝手なエンディング感にその場が包まれてしまっていた。楽しく記念撮影している我々に日没はすぐそこまできていた。

 

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「日没、そしてパーティーが分断」

 

8合目をあとにし、再び嶽ルートで下山を開始したのが17:30。私にはあるひとつの懸念があった。雨装備を持たずにずっとここまで来たメンバー。要所要所でコンディションを確認する度に「大丈夫です」ときっぱり言う。事実、下山時もほぼずっと先頭を切って歩いていた。しかし、雨に濡れ始めてから8時間以上も経過している。山頂での彼の手は強風にさらされ冷えきっていた。(本当に『大丈夫』なのか?)(ずっと先を歩いているのは、実はツラい寒さから一刻も早く抜け出したいという気持ちの表れではないか)そんなふうに疑い、下山時から私はずっと彼と一緒に先頭を歩いていた。歩きながら必要以上に話しかけて彼の反応を確かめた。結果、彼は本当に「大丈夫」だった。幼少期から始めたスポーツを未だに続け、県選抜選手にもなったことがある彼の心身はやはり頑丈なのだろう。しかし、それを確信したときにはすでに日没を迎え、嶽の森はどんどん暗くなる。ヤバい。メンバーに照明器の携帯を確認、指示していない。振り返っても誰も見えない。ここで皆に貸し出すためのヘッドライトを車に置き忘れてきた事を強く悔やんだ。(皆はちゃんとライトを持っているのか)(誰か孤立してしまっていないか)(暗闇の恐怖に苛まれていないか)(雨によりただでさえ足場が悪くなった暗い道で転んでいやしないか)…あらゆるリスクがグルグルと頭を交錯した。私が速攻で下山し、ライトやその他の補助ギアを取って戻ってこようと足を早めたが、視界が開けたところで地図を確認すると下山までまだまだかかる場所にいた。足の向きを変え、メンバー全員の状態を確認するため下ってきた道を登り返す。7名はこの暗闇の中、一体どうしているのだろうか。緊急用アイテムを収納しているミニケースから手回し式の手持ちライトを取り出して戻ると1人目、雨装備が無い彼と会う。もちろんライトは持っていない。寂しいとは思うが皆と合流するまでその場で待機してもらう。2人目、ライトの灯りが見えた。合流ポイントを指示し、再び登り始めると3人目の水溜まりを歩く音が暗がりから聞えてくる。彼もライトを持っていなかった。4人目、とても明るい高性能のヘッドライトが見えた。ひとり一人にこの後のプランを伝えて登って行く。5人目と6人目は二人それぞれヘッドランプを装備していた。そして最後、手持ちライトを携帯した7人目と合流。登り返しながらジワジワと実感する。パーティーは最大に伸びていた。伸びていたと言うよりはそれぞれが孤立、分断されていた。8合目から下りるときに転倒したという7人目のメンバーと一緒に合流ポイントまで下っていく。しばらく離ればなれになっていたパーティーが再びひとつになり、団子状態でゆっくりと下って行く。途中にあるスカイラインに抜ける道を進むことも考えたが、そちらのルートの下見が不十分だったこと、幸いライトの数が予想以上に多かったということでこのままゆっくり嶽温泉までの最短ルートを進んだ。

この項目は私が最も恐怖を覚えた局面だった。天候が回復して風も止み、気温が上昇したのは運が良かった。秋特有の夜の冷え込み、さらにはその翌日のような台風の影響を受ける暴風雨に変わっていたら… 果たして心身まともに下山できたのだろうか。

 

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「キャプテン、みんなを励まそうとするが豪快にスベる」

 

全員が一塊になっての下山。夜のぬかるんだ森を下って行く。8人中、6人のライトだけがチカチカと光っている。すでに10時間以上の行程。疲労はピーク。こんなときは元気を出すためにお互いを励ましたり、他愛のない話をしたりすると、体の疲れや痛みを忘れたり、時間が短く感じられたりするもの。そこで私は後続のメンバーを盛り上げようと「どうです、盛り上がってますか?」と問いかける。反応は皆無に近かった。やはりこの状況、会話をする余裕は無い。見事に逆効果。こともあろうか私のテンションまで下がってしまった。黙々と足下に集中して歩き、嶽温泉に到着。

 

– – –

 

(ちょっとヤマをナメていませんか?)

 

すみません、私もナメてましたm(_ _)m

 

今回はいろいろなリスクにさらされていました。

自己責任とは言いながらも、参加者の皆さんにはツライ思いをさせてしまいましたm(_ _)m

しかしヤマを登る以上、こういう経験をしておくことができて良かった、と不謹慎ながら思っております。

今回のような状況を経験して初めて学ぶこと、感じることがあるからです。

 

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長々と書き連ねてしまいましたが、これは何も山岳部のハードルを上げようというものではありません。

初心者から経験者までが支え合いながらヤマを楽しむというスタイルは全く変わりません。

ですので「次回からは全身を専用ギアで固めるぞ」とか、

「足を引っ張らないようにジムに通い始めるぞ」とか、そんなことをヘンに考えないでください。

 

変わっていくとしたらそれは参加した皆さんの中身です。

ヤマで色んなことを学んでいく度、自分自身が変わっていくはずです。

健康的な体が作られていくのはもちろんですが、青森の自然の素晴らしさ、多様なヤマ仲間からの影響、

それらは日常では得難い大変貴重なものです。

そしてリスク管理というものはきっとお仕事や生活、有事にかなり活かせると思います。

 

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この山岳部はFacebookの機能を活用して連絡をとっています。

先日、ヤマ全般の情報交換をする山岳部グループトーク「ヤマグループ」を作りました。

(こちらはヤマスタンプ保持者でまず作りましたが、持っていない人でも入れますので希望者はご連絡下さい)

その中で今回の岩木山を積極的に考察するスレッドが立ち上がり、とても有意義な情報交換がされてます。

あのようにたくさんの文字を時間をかけてタイピングしてくれるなんて…とても嬉しいです。

鈴木先生はじめ、追随してコメント投稿してくれた皆様、ホントにありがとうございますm(_ _)m

「ふーん、なるほど」と思うだけでなく、何かありましたらどうぞ積極的に投稿・レスポンスして下さい。

呑み会などと違い、ヤマではあまり参加者同士でおしゃべりすることがありません。

そういった意味でこのグループは大変重要なコミュニケーションであると思っています。

 

その岩木山登山を考察・反省するスレッドの中で何人かのメンバーが、

「キャプテンに頼り過ぎてはいけない」という内容を載せてくださいました。

これは私がキャプテンとしてまだまだ頼り甲斐がないということでもあり申し訳ないのですが、

それ以上に皆さんの自覚や責任能力が向上してくれたことがとてもとても嬉しかったです。

そうです、ヤマでは人を頼りにしてはいけないのです。

(理由はいくつかありますがそれはまた別の機会に…)

しかしツアーで「私を頼りにしないでください」と私が言ってしまうとそれは「自己責任」と同様、

主催として逃げ/責任放棄の言葉になりますので、私の中では禁句でございました。

初心者が多いこの山岳部、とりあえず1年、600〜1,500mほどの山を登っていれば、

皆さんのスキルアップや自覚もそのうち生まれてくるだろうと思っていましたが、

まさかこんなに早くその気持ちが芽生えるとは! 岩木山効果ですね。

 

私は特殊能力者ではないので個性豊かな皆さんにどんな山登りが適しているのかまだ全然分かりません。

なので自分で考えて自分に合った登山スタイルを焦らず、少しずつ見つけていってもらえたらと思います。

そしてそれはきっと自分自身を知る手がかりにもなります。

 

登山ツアーの日が近づいてくると度々質問を受けます。

「何を持って行けばいいですか?」

これを聞かれると、ヤマに入るのに何も自分の頭で考えないつもりでは?と感じてゾッとしてしまいます。

「次の山はどんな山ですか?」

「◯◯は必要になりますか?」

こういった質問は、自分で装備や持ち物を考える意識があるので少しホッとするのですが、

それを考えてもらうために、あのFacebookアルバムの下見レポートがあるわけです。

全く質問をしてこない人もいますが…

それは十分に準備があって自信があるからである…と思いたいです_笑!

 

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最後になりますが、私がツアーのときに背負っているあのバックパック。

日帰りツアーなのになんであんなにデカいの?と思う人も多いかと思います。

あれがまさに11年前、私が富士山を登ったときに背負っていたものです。

今回は先述通り、愚かにも使用できなかったのですが、あの中には何が入っていると思いますか?

抽象的な言い方をすれば、あの中には「11年前の私」が入っています。

とても大きく重い荷物です。

でも不思議とイヤな感じではありません。

どうやらこの荷物は、私が皆さんにヤマというものを伝えれば伝えるほど、小さく軽くなっていくようです。

 

いつか私がいつものツアーにも関わらず、20〜30リットルの小さなバックパックで登っているのを見かけたら…

それは皆さんが立派なヤマニストになったということです(ドドーン!)←効果音

 

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

来月は岩木山と同じ日本百名山、八甲田山ツアー!

詳細は後ほど、このブログに投稿しましてFacebookイベントからリンクさせます。

よろしくどうぞ〜!

 

キャプテン

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YOiCHi
山岳部代表。 経済力以外のすべての力を兼ね備えた変態。 不信任案が出ましたらすんなり次世代に譲ります。

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